透明草子

百鬼夜行からはぐれてしまったので、仕方なく人間に擬態している

僕は防波堤の上に立っている。

海の向こうでは巨大な入道雲をかきながらクジラか飛行船かよくわからないものが水面に影を落とし、そこが長い長い夜になったのでオウムガイ達は水面近くに集まってきたに違いない。

私は何かを待っている。しかし何を待っているのか、いつ来るのかひょっとするとそれはもう随分前に去ってしまい自分は取り残されたのかよくわからなかった。

サイレンが鳴っている、ミサイルが落ちてくると。

しかし今どこにも戦争など存在していないことを僕は知っている。

もう随分前に街は死んだのだ。これは自分が死んだことに気付かない街の幽霊の歌声だった。

ポケットに手を入れたまま防波堤の上を歩きだすと悲しくも嬉しくもないのに涙が出て笑い声が出た。

沈黙していたいのに放送を受信してしまったラジオみたいな気分だった。

「次は蒼いうさぎさんからのお便りです。最近Amazonで綴化種のサボテンを購入したのですが……」

誰かのメッセージは風に散らされていった。

僕は思い出す。

ある日忽然と家から姿を消したピアノのことを。代わりに床に転がっていた見知らぬ何かの黒い部品のことを。作文の為に捏造した架空の幼馴染のこと。別れ際の約束。空調もつけず部屋でふるえていたのにかさばる電気代。潮風で錆びていくベランダの手すり。もうやめてくれ。許して欲しい。

海はよせては返す。

この星に衛星はない。僕がふざけて肩を押したときに、白線からはみ出て、彼の姿の代わりに車が過ぎ去った。そんなつもりじゃなかったのに。衛星は消えた。それでも海は波打ち続けていた。

サイレンの音が大きくなる。

頭が割れそうだ。

もう睡眠薬は口に入らない。

一人目の四天王の部屋でなみのりを使うとシェイミのいる花畑に行けるらしい。