透明草子

百鬼夜行からはぐれてしまったので、仕方なく人間に擬態している

自分が目を閉じている間、世界は消えているんじゃないかと思う。

目を閉じて、開いて、閉じて、開いて。

自室の天井と、壁にかかった魚類図鑑のポスターを眺めている。

 

昨日は何をしていたっけ

迫りくる氷の塊を避けながら、深海へと潜っていった。そういうゲームをしていた。

水の中では酸素の残量が寿命そのもの。計量できる命。

 

 

院試の勉強をしないといけない。リミットは近い。

できない。頭がぼんやりする。本を開くと耐えがたい不安が襲ってきて、逃げるようにスマホをいじってしまう。

頭が悪いんだ。おまけにクズで怠惰だ。世界の全てから「お前のような奴が来ていいほど甘くない」と拒絶されている。正論だと思う。どこにもいけない。

私は井.戸型ポテ.ンシ.ャルのなかに落ちていく。

もうどうにもならない所から表象の重ね合わせのようなぼんやりした現実を見ている。

 

ここは深海、私の酸素はあとどれくらい残っているのだろう。

ゲームのラストでは、深海で待つ巨大生物と酸素を奪いあって戦うことになる。

そして巨大生物に酸素を奪われ尽くすと、その生物に吸収されて深海生物へと生まれ変わる。

そのときの巨大生物の手つき酷く優しい。母性を感じられるほどに。この巨大生物は子宮を表している。人間は再びそれを通って還る。陸を支配した人としての姿を失い、深海に適応した姿へと。

 

私は院試の勉強をしないといけないのに。私は院試の勉強を。怖くて怖くて仕方ない。惰性で3年間過ごしてきた罰を受けるのが。でも3年間楽しく遊んで過ごしてた訳じゃない。ずっと辛くて苦しくて疲れていた。どうしてこんなに容量が悪いんだろう。全てが少しずつ私の酸素を奪っていく。理不尽に酷い目にあった訳じゃない、ぬるく甘やかされた環境にいたはずなのに。私が怠惰に鉄棒と縄を買って首を吊ろうとしている間にも、周りは勉強してバイトをしてインターンに行って努力を積み重ねていた。お前は一体何をしていたのか聞かれるのが怖くて仕方ない。何もしていなかったから。死にたいと思うことすら面倒で億劫で何もできない。父と母に酸素を与えられ延命されている。首を吊れば簡単に楽に死ねるというのは勘違いだ。失敗例はそこかしこに散らばっている。脳に損傷を受ければ後遺症が残り、人としての思考力を失うかもしれない。醜い姿で。再度死のうとすることも叶わず。

しかし自分にとって苦痛な世界に身を置き続けるなら、思考力を失うことが適応なのかもしれない。ゲームの中で主人公が深海に適応した深海生物に作り変えられたように、無能な私が世界に適応した姿は一切の思考力を失った姿なのかもしれない。周りの人間を不幸に叩き落として。

 

私は、

 

 

私は?自分の気持ちについて考えたところで意味が無い。

こんな価値のない心情を書き出して現実逃避している間にも刻々と事態は悪化している