透明草子

百鬼夜行からはぐれてしまったので、仕方なく人間に擬態している

きれいに磨かれた楽器がショーウィンドウの中で眠っている。

人の流れに沿って御茶ノ水駅へと運ばれそうになる。

その中で紺色のポロシャツを見かけた気がした。

雨は降っていないけどビニールの傘をさすと、周りの人と自分の周りにさっと溝が生まれ、人混みの中に穴が開いた。

周りの人間も楽器ショップも、社会の断片は自分と異なるレイヤーに存在する。

透明な膜で私たちの世界は隔てられている。

広告塔の明かりも、右折を主張する車のテールランプも誰かのスマホ画面から漏れ出す光もそれは意味をなさない。

視界にオレンジのラインが差し込まれ、中央線が橋の上を走り抜ける。

イヤホンの中で瞬く重音テトの歌声。

遠くの星では誰しもポケットの中に孤独を握りしめているらしい。自分のポケットの中には未開封の0.3mmシャー芯が入っていた。

 

 

今ここにある全てが走馬灯であって欲しい。

自分はまだ御茶ノ水にいて、繭に包まれているのであって欲しい。